一時期ゆとり教育がたたかれ昔の詰め込み教育に一部回帰する昨今です。
しかし僕に言わせてみればどこが詰め込みかといいたい。
穴だらけの桶で、これまた穴だらけに樽に水を必死にためようとしている。
有名進学校と言われているところも含めて学校というものは受験勉強に対して非常に効率が悪い。
予備校も同様だ。予備校に1年通った結果平均として一体何点センター試験の点数があがるのかなんて統計を聞いたことがあるが、一体何点かわかりますか?
なんと1点です。マイナスにならなくてよかったですね~。
予備校では有名講師による講義を売りにしています。確かに面白かったり、いろんなテクニックを教えてくれますよね。正直なんかできるようになった気にもなります。それ、できた気になってる分、かえって危険です。
僕も中学時代、とても面白い授業をする地理の先生がいてその授業は寝ることもなく一生懸命聞いていました。でも社会のなかで唯一5が取れなかったのがその地理です。テストができるかどうかに、正直面白いかどうかなんてほとんど関係ないんです。
僕ら凡人は授業を聞いているだけで覚えるほど記憶力はよくありません。なぜ地理が社会で一番苦手だったか今ならわかります。テストのための学校の問題集が悪かったんです。歴史や公民の時は単に問題集が良かったのです。
問題集が違うだけで苦手になってしまうくらい人の学力なんてよくもなれば悪くもなります。才能なんて関係ありません。
もう一つエピソードを紹介しましょう。中学時代勉強を全くしない最下位にちかい友達がいました。彼は2年の時に美人の国語の先生にあたり、先生の注意を惹くそのためだけに、勉強を始めました。当時はバカ丸出しだったの覚えています。彼はまずは漢字の勉強を一生懸命やったそうです。すると「勉強すればテストで点が取れる」ということに至極当たり前のことに彼は気づきました。彼はただバカだったんじゃなく、勉強をしなかったからバカだったんです。クラスも違ったのでしばらく話すこともなく1年くらいたったのちに彼と話した時の衝撃は今でも忘れません。
彼は国語だけでなく他の科目もできるようになり10番から20番くらいに入るくらい「できる子」になっていました。おまけにバカボン級にバカっぽかった彼の面影は1ミリもなく、すでに理知的な雰囲気を醸し出していました。。。なんと性格まで変わってしまったんです。
どんなに素晴らしい授業より、どんな勉強をするのか、どれだけのモチベーションでやるかのほうがよほど重要です。僕もテスト前は穴埋め式の問題集に対してほとんど1問も解けません。下手したらスタートラインはクラスの平均以下かもしれません。それでも勉強を終えテスト前では空白だらけの文章をすらすらと読みあげクラスで1番か2番の点数を取れるまでに成長するのです。試しにクラスで暗記テストで試してみてください、あなたのクラスの一番の秀才は一番の記憶力の持ち主ですか?僕は違いました。それでも1番テストで点が取れるのです。
何度でもいいます。学力は才能では有りません。あなたが工夫し積み上げた努力の大きさなんです。サクラメソッドは少ない労力でその積み上げをサポートするものです。有限な時間だからこそ有利な戦いをすることができます。
学校の授業という受けているときはあなたは受け身です。テスト前に必死に記憶しようとしている1時間と授業を受けているときの1時間は密度が異なります。
そのような時間にあなたの貴重な時間を毎日6時間も費やしているんです。そんな無駄に満ちた授業に縛られている多くの受験生がいるからこそ僕やあなたが逆転ができる。そういった意味では学校に感謝しなければならないです。
本当に効率だけを求めるなら学校はやめたほうが良い。大検を受けるのが最も最短です。ずいぶん前に中卒東大一直線なんてドラマがありましたが、あればすごくもなんともなく、当たり前の結果です。もちろん学校にも行かず毎日遊んでいてはだめですよ。無駄な授業はなくなりますがもっと誘惑の強い無駄な遊び時間にあなたの貴重な時間を浪費させられる人がほとんどでしょう。
ちなみに僕が学校に行っていたのは単に独りぼっちは寂しかったからです。